船場の歴史
1. 「職」「住」「遊」複合都市の創造

(1)秀吉によるまちづくり

 船場地域の都市基盤の基礎が形成されたのは、近世に、秀吉が石山本願寺跡に大阪城を築城し、その西方に城下町の建設を行ったことにさかのぼります。秀吉は、築城とともに新たに船場・島之内の砂州を開き、東横堀川・天満川・阿波堀川・西横堀川の堀削、今日の公共下水道に当たる背割下水の構築、背割線を基準にした町割、町家の高さ統一など整然とした統制により城下町のまちづくりを行いました。また、秀吉により、海外貿易を含めた商業の保護・育成や水運を生かした都市経営が行われ、船場地域周辺は、わが国の政治・流通・経済の中心地となりました。
 特に船場及び天満は町人町とされ、船場には、伏見、安土、堺等からの集団移住による町や業種別に配置された町を含めて、道修町、平野町、淡路町、瓦町、安土町、本町、唐物町、久宝寺町、博労町、塩町などといった町が生まれました。

(2)江戸時代の大坂

 その後、船場地域は、大阪夏の陣での市街地建物の焼失、荒廃を経験しますが、江戸期に入って、大阪城守松平忠明により、堀川の開削、島之内の開発、西船場の造成などが続けられ、川や堀割に多くの橋が架かった、いわゆる「水の都」として復興しました。諸国の大名は、土佐堀川、堂島川、江戸堀川の川岸に藩倉を作り、米や特産物をもたらして、ここで金に換えました。中之島の土佐堀川北岸に白壁の蔵屋敷が並ぶ堂島米市場の浜が、長堀川東部に銅を出荷する住友の浜が開かれるなど、川の沿岸には倉庫が並び米国取引所をはじめとする諸取引所、両替屋から発した金融機関の立地するところとなりました。この時代の船場地域周辺は、わが国の流通・金融を一手に担い、「天下の台所」といわれる創造的な経済都市の要となり、懐徳堂が開かれるなど町人文化の舞台ともなりました。

 また、幕府の直轄領であったこの地域には、城代・町奉行の支配下に、今日の行政区にあたる北組(大川以南本町筋まで)・南組(本町筋以南)・天満組(大川以北)の町組織がおかれ、町人自治的な行政形態がとられていました。この三組を総称して大坂三郷と称します。

(3)御堂筋をはじめとする街路の整備

 幕末から明治初期にかけては、蔵屋敷の廃止、豪商の倒産など大坂全体の経済活動が停滞するが、明治後期から大正期には市域が拡大され、大阪は商工都市として再び発展しました。そのような中、船場地域に関しては、明治中期に中央部下下水道改良事業(背割下水の暗渠化と上水道の整備)、市電の開通、大正から昭和初期には、大阪市区改正設計に基づいた御堂筋(大正15年着工昭和12年全通)・四つ橋筋・堺筋をはじめとする街路の新設拡張など新しい都市基盤の整備が進められました。これにより、船場地域周辺の都市構造は、東西方向の川の流れに沿った構造から、御堂筋を中心とした南北方向の都市軸を持つ構造へと変容し、現在に至ります。

 なお、大正期からの用途地域制の適用で、船場は商業地域に指定されています。また景観面では、昭和9年に中之島、大阪城周辺、御堂筋などが美観地区に指定されました。船場地区については、セミパブリック空間の確保と土地の高度利用を誘導するため、昭和14年に市街地建築物法による「建築線」が指定されました。


堺筋

商家の古い蔵が散在する瓦屋根の中に、8階建ての三越百貨店が威容を誇っている。
御堂筋ができる以前の大阪を代表する幹線道路である。

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北浜通の風景

北浜2丁目から東の市電道路。左の向こうに見える株式取引所の建物は、昭和9年改築以前の古い建物である。

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完成した御堂筋

阪急梅田駅前から南海難波駅前までの延長4,027m、幅員43.6mの御堂筋は、地下鉄開通4年後の昭和12年5月に完成した。4列のいちょう並木としゃれた街灯、グリーンベルトに区分された高速車道と緩速車道---。都心を南北に貫く御堂筋は、近代大阪のシンボル となった。写真は長堀通以北の景観。

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(4)戦後の復興

昭和25年8月の御堂筋ガスビル付近

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  第二次世界大戦では、調査地域のほぼ全域が焼失したが、戦後から高度成長期にかけて、御堂筋以西の戦災復興土地区画整理事業、谷町地区市街地改造事業、地下鉄の整備、阪神高速道路の整備などが進み、現在の都市基盤の基礎が築かれてきました。とりわけ、都市計画道路築港深江線(中央大通り)の船場地区貫通のため、道路と建物の一体整備という手法がとられていたことが特筆される他、河川としての効用を失っていた長堀川が埋立てられ、あわせて地下駐車場整備が行われるなど、船場地域では、さまざまな手法による都市づくりが行われてきました。

 現在は、大阪市の中心ブロックとして、国際的な金融機能・業務機能や情報創造・発信機能などの集積した国際ビジネスソーンの形成、アメニティ豊かな空間の創出をめざしたまちづくりが進められています。
 (写真出典)『写真で見る 大阪市100年』(大阪市)


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