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KAORI ITO
伊藤香織
1971年東京都生まれ。
東京大学大学院修了、博士(工学)。東京大学空間情報科学研究センター助手を経て、東京理科大学講師。2008年より同准教授。専門は、都市デザイン/空間情報科学。
著書に『シビックプライド』(監修、2008)、『空間練習帳』(共著、2011)など。また、2002年より東京ピクニッククラブを共同主宰し、国内外の都市で公共空間をめぐるクリエイティブな提案を行う。2012年には「ピクノポリス・ロンドン」を開催した。
第15回インタビュー 街にもっと愛着を持つために街の一員だと自覚することで街との関わり方は変わっていく

街の一員だと自覚することで街との関わり方は変わっていく

伊藤 香織氏[シビックプライド研究会主宰 東京理科大学准教授]
19世紀、イギリスの都市で重要視された「シビックプライド(都市に対する誇りや愛着)」。日本語の「郷土愛」とは少し違うニュアンスを持つこの考え方は、自分自身が都市を構成する一員であると自覚し、都市をより良い場所にするための取り組みに関わろうとする当事者意識を伴います。都市の一員として、都市づくり、街づくりにつながっていく。そんな「シビックプライド」について、お話を伺いました。
伊藤香織氏[シビックプライド研究会主宰 東京理科大学准教授]
当事者意識を持つことで
生まれる「シビックプライド」
シビックプライドという言葉は、都市に対する誇りや愛着といった意味を持っています。このシビックプライドを育てていくためには、誰もが潜在的に持っているであろう「誇り」や「愛着」を共有し、目に見える形にすることが大切なのではないかという考えからつくったのが、「シビックプライド研究会」です。私自身は都市計画を専門にしていますが、空間以外のデザインの視点も必要だと思い、デザインプロデューサーの紫牟田伸子さんに声を掛けて「シビックプライド研究会」を始めました。
研究会は2006年にスタートしたのですが、まず自分たちは何を対象にしようとしているのかを、事例研究などを通じて確認していくことから始めました。シビックプライドは、日本語だと「郷土愛」という言葉が近いのですが、少しニュアンスが違っていて、その場所をよい場所にするために自分自身が何らかの形で関わっていくという、ある種の当事者意識を伴います。街を自慢するだけではなくて、街のことを自分のこととして喜ぶ、自分のこととして誇りに思うためには、自分が少しでも関わっていることが必要だからです。もう一点、日本語の郷土愛とシビックプライドの違いは、そこで生まれ育った人ではなくても、その街を気に入りそこに関わるさまざまな人が、持つことができるものだということです。
シビックプライドは、その街に住む人やその街で働く人にとっては、どういうふうに街を選び取っていくかということにつながりますし、街の方からすれば、どう好きになってもらうのか、どう選んでもらえるのかということと強く関わってきます。現代社会では、とても重要な概念なのではないでしょうか。
求められるのは、
気づきを促すコミュニケーション
シビックプライドという言葉自体は昔からあったのですが、1990年代後半のイギリスで、19世紀の都市の研究が進んだことで注目されるようになったと考えられます。産業革命後のビクトリア朝に商工業で栄えた都市、たとえばイングランド中部のマンチェスターやリバプール、リーズ、ブラッドフォードといった都市では、20〜30年で人口が2倍になるような急激な成長が起こりました。多くの都市が勃興する中で、都市間競争が激しくなり、シビックプライドという概念が大事にされるようになったといわれています。従来、街のシンボルとして考えられてきた宗教建築などに代わって、商業で潤った裕福な市民がお金を出し合ってつくった市役所や音楽ホール、図書館、公園などの公共建築が都市の核になり、それまでデザインの対象になっていなかったこれら市民のための公共建築が、いわばシビックプライド競争のような形できちんとデザインされるようになりました。そんなビクトリア都市が、1990年代後半、リ・ジェネレーション、いわゆる都市再生が盛んに行われるようになった時に改めて注目されるようになり、シビックプライドという言葉が頻繁に使われるようになったのです。
イギリスの都市では、シビックプライドキャンペーンといわれる取り組みが行われることがあります。気持ちという曖昧なものを空間デザインや街中のバナー、時にはパンフレットなど、目に見える形にしていくなかで、住民自身が「自分は街のこういうところが好きなのか」、「もう一度、自分で探してみよう」といった形の気づきがあるからではないかと思っています。
こうしたシビックプライドを伝達する媒体を、シビックプライド研究会ではコミュニケーションポイントと名づけ、2008年に出版した『シビックプライド』という本の中で9つに整理しています。コミュニケーションポイントでは、シビックプライドを共有するために、見たり触ったり体験したりできる形で表現されます。もちろん、建築や都市景観などは、シビックプライドを伝えるためだけにつくられるものではないのですが、シビックプライドを伝え、共有する上でとても重要な役割を担っていますし、その街ならではの食やグッズなども含めたコミュニケーションポイントをきちんと連携させていく、編集していくことが、シビックプライドを育てる上では重要になってきます。
9つのコミュニケーションポイント「シビックプライド−都市のコミュニケーションをデザインする」より
9つのコミュニケーションポイント
出典:「シビックプライド−都市のコミュニケーションをデザインする」より
多様な階層で関わることができる
シビックプライド醸成
書籍『シビックプライド』では、ヨーロッパの事例を取り上げているのですが、その後、少しずつ日本での事例研究も進めています。例えば、富山市のライトレールです。ライトレールは、富山市がコンパクトな街づくりを目指す中で、目に見えにくい「コンパクト」という考え方を象徴する役割を担っています。
富山市 ポートラム
ポートラム
富山市 セントラム
セントラム
新潟市 上古町商店街
新潟市 上古町商店街
新潟市 上古町商店街
上古町商店街
コンパクトシティを実現するためのプロセスであると同時に、そこにさまざまな要素を集約してトータルにデザインすることで、これから新しい街をつくっていく意図を表す取り組みになっています。富山では、公共交通まちづくりインフォーメーションセンターもあり、地域の皆さんがライトレールについて詳しくなっている。観光資源にもなっているから、街の自慢になっています。そうして自ずとコンパクトシティを目指すという街づくりの方向性も知ることができているのです。特にライトレールは路面電車ですから、街なかの景観に現れてきます。ポートラムと愛称がつけられた富山ライトレールは、編成ごとに7色のカラーリングが施されていますが、女子高生の間で赤いポートラムに乗ると恋が成就するといった形で都市伝説のようなものが生まれたように、市民にとってとても身近なものとして捉えられているようです。住民の間で共有され、暮らしになじんでいる証拠なのではないでしょうか。

富山とは逆に、個人の取り組みから始まった事例として、新潟市の上古町商店街の例があります。上古町は駅から少し離れた立地ということもあって、駅周辺の比較的新しい市街地と分断されてしまい、商店街としては衰退していたのですが、若いデザイナーの方が仲間といっしょに自分のデザインしたグッズを売る店を出し、古本を置いたフリースペースをつくってイベントを行ったりしているうちに周囲に店が増えていったという事例です。
その方はデザイナーとして、例えば商店街の和菓子屋さんでつくっている紅白まんじゅうに顔を描き、パッケージをデザインしてウエディング商品にするといった商品開発や、商店街のロゴを勝手にデザインするといった取り組みを行い、商店会にも積極的に働きかけていきました。次第に商店会の人たちも認めるところとなり、彼のデザインしたロゴも商店会の正式ロゴとして採用されました。また、こうした動きを見て若い人たちの出店が相次ぎ、今では市内でも注目の界隈になっています。これは、富山と逆に、個人の取り組みが徐々にオフィシャルな形に成長していった事例といえると思います。
富山の事例と新潟の事例では、市と商店街というようにスケールが違いますが、こうした多様なスケールでの取り組みは、シビックプライドを育てる上では共存できるものです。その人個人は、商店街の一員でもあるし、新潟市民でもあるということで重なっていく。商店街や市町村、それぞれのスケールでやり方はありますし、特定のスケールでの取り組みをピックアップして、これがシビックプライドを支える最適なスケールだということは必ずしもできないのではないでしょうか。日本だと鉄道沿線の沿線プライドともいえる考え方もありそうですね。日本独自の取り組みというものも存在するのかもしれません。
上古町商店街HP
狭義のデザインだけではない
さまざまな視点からの試み
私たちは2011年10月にシビックプライド会議というシンポジウムを開催し、さまざまな取り組みを実践している人をお呼びして、意見交換をしました。このシンポジウムを行ったことで改めて実感できたのは、さまざまな分野の人がシビックプライド伝達の担い手になり得るということです。5つのセッションのうち、アイデンティティのデザインセッションでは、名古屋の個性を表す都市フォントとして「金シャチフォント」をデザインされているタイプフェイスデザイナーの方にも登場していただきました。街中に現れるさまざまな媒体で使われ、都市の個性を表す都市フォントをつくるという取り組みは世界的にも増えています。
そのほか、都市景観のデザインセッションや都市情報のデザインセッションもありましたが、特徴的だったのは教育のデザインセッションを設け、小学校の先生と大学の先生にご登壇いただいたこと。教育も広い意味でのデザインなんですね。小学校の先生は総合学習の時間を使って観光まちづくりに取り組まれていて、商店街を活性化させる方法を小学生に提案させています。小学校教育に独自のノウハウがあり、「提案しなさい」と指示するのではなく、商店街に連れて行き子供たちの気づきを促して自発的な提案に結びつけていきます。大学の先生は学生たちと一緒にいろいろな街に行き、一泊二日で街のサーベイをポスターや映像にまとめてその街に残していく「キャンプ」を行っています。街の人の話を聞いてポスターに表現する過程で学生たちには発見があります。街の人にとっては、例えば自分の仕事や生活を他者の目を通して見つめ直す機会になり、それがシビックプライドへとつながっていきます。
こうした取り組みを紹介する中で、グラフィックデザインや建築デザインといった分野以外でも、それぞれの職能でシビックプライドの発見と醸成に寄与できること、街への理解や体験、共感を促すアクションにさまざまな切り口からの取り組みが必要とされるがわかってきました。ですから、もっといろいろな人が街に関わってもらいたいと思いますし、自分だったら何ができるのかを考えてみてほしいと思います。例えば、東日本大震災の被災地で、街の再建に向けて現実に立ち向かう地域の人々の姿を写真と短いコピーで構成されたポスターとして表現する「復興の狼煙ポスタープロジェクト」は、広告や写真やコピーライティングに携わる方たちの取り組みです。それぞれの職能が地域で活かされた一例だと思います。
伊藤香織氏[シビックプライド研究会主宰 東京理科大学准教授]
大切なのは
未来を見つめるイマジネーション
シビックプライドを育てていくためには、この街はいい街だという想いだけで終わるのではなく、未来志向といいますか、街をどうつくっていこうかという想いにつながっていくことが一番大事なのではないかと思います。そういう意味では、「復興の狼煙ポスタープロジェクト」は復興に向かう姿そのものを通して、見る者に未来を考えさせるすばらしい取り組みだと思います。
街をどうつくっていくかという視点からみると、集合住宅での取り組みも見方が変わるかもしれません。先日、東雲キャナルコートにおける団地活性化の取り組みに触れる機会があったのですが、自治会などのコミュニティが無い新しい団地では、どういう組織で街づくりに取り組んでいくのかといった点など、とても興味深く感じられました。もちろん、自分たちが住んでいる街とまったく同じ街はないのですが、他の街ではどのようにしてシビックプライドに関わっているのか、街づくりを進めているのかといった事例を知るのはとても大事なことです。団地の場合はある程度の規模がありますので、そこでまず実験をしてみるというのも面白いかもしれません。ほかの街でまったく同じようにはできないかもしれませんが、いろいろなツールやメニューの選択肢を知っておけば、それぞれの街に合わせてカスタマイズすることができます。
日本のまちづくりには、熱心で意識の高い方が多く参加されていていつも感心します。一方で、ときにそれ以外のマジョリティが関わりにくい雰囲気になることがあります。そこで、さまざまなレベルで関わることができるきっかけとなる受け皿を用意しておくことが必要なのではないでしょうか。それぞれの人が、それぞれの当事者意識を持って関わることで、シビックプライドは育っていくのだと思います。
東雲キャナルコートCODAN
シノノメスタイル
(2012.12インタビュー実施)