街に、ルネッサンス UR都市機構

まちの記憶(7)角田光代 調和という快適

URPRESS 2016 vol.44 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(7)角田光代 調和という快適photo・Sato Shingo

住まいの近所を川が流れている。毎週末、この川沿いにランニングをしている。
川沿いに、ものすごくすてきな建物がある。緑に囲まれた広大な敷地に、それぞれ少しずつデザインの違う、でも統制のとれた低層マンションが並んでいる。ガラス面の多い、そのせいで薄緑色の印象を持たせる集合住宅だ。
棟数が多いのに、ぎっちり並んでいるのではなくて、空間にゆとりがある。その空間に、木々や草花が植えられ、石畳の歩道がある。木々も草花も、計画的に植えられたのではなくて、好き放題に伸びている。その、木々と草花の色、空、わきを流れる川、すべてひっくるめてひとつの完成された景色になっている。
そこを走りすぎるとき、晴れの日は言うに及ばず、曇りの日でもすがすがしい気分になる。調和というものは、ただそのわきを通りすぎる者にすら、これほどの心地よさを与えるのかと感心する。

長く通りすぎるだけだったのだが、あるとき、いったいどんなマンションなのだろうと気になって、敷地に近づいてみた。敷地といっても柵で区切られているわけではなくて、棟と棟のあいだも自由に通り抜けることができる。そして、その一連の建物が公団住宅だと知ってびっくりした。昭和四〇年代生まれの私にとって、団地というと、真四角で真っ白のイメージだ。無機的で整然とした印象しかない。つくづく私はもう「古い」に属する人間なのだなあと、そのお洒落な建物群を眺めて実感した。

このあいだ、仕事でカナダにいった。そこで会った仕事相手の日本人女性が、カナダに転勤になるまで私の家の近所に住んでいたという。場所を聞くと、あの川沿いの公団住宅ではないか。そのことでひとしきり盛り上がった。彼女も、その集合住宅を見たときはあんまりお洒落だからびっくりしたのだという。抽選に当たって本当にうれしかった。住んでみると、駅からは少し離れているがバスもあり、川と緑が近くにあって本当に気持ちがよかった。転勤が決まって引っ越すときはさみしかった。そう話した。
外側からしか眺められない建物に、実際に住んでいた人がいると思うと意外な気持ちがする。けれども家のなかから見えるものも、外から見えるものも、おんなじなのかもしれないと思った。私がその集合住宅のわきを走りながら、すがすがしいと感じていたように、きっと彼女も暮らしのなかで、そっくり同じことを思っていたのだろう。調和とは、きっとそうしたものだ。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。
最新刊は『坂の途中の家』(朝日新聞出版)。

  • LINEで送る(別ウィンドウで開きます)

角田光代さんエッセイ バックナンバー

UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

UR都市機構の情報誌[ユーアールプレス]の定期購読は無料です。
冊子は、URの営業センター、賃貸ショップ、本社、支社の窓口などで配布しています。

メニューを閉じる

メニューを閉じる

ページの先頭へ