街に、ルネッサンス UR都市機構

まちの記憶(6)角田光代 お祭りの日

URPRESS 2015 vol.43 UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]


まちの記憶(6)角田光代 お祭りの日photo・Sato Shingo

私の住む町には、夏の終わりにお祭りがある。その日は御神輿が出て町を練り歩く。近所の神社には露店が出てにぎやかになる。この町に引っ越してきたところ、私は二十代で、お祭りにとくべつな感慨はなかった。はっぴ姿の人が多いのと、お祭りなんだなと思う程度だった。
お祭りを待ち遠しく思うようになったのは三十代になってからだ。商店街に提灯が並ぶとわくわくする。御神輿はぜひとも見たいと思うし、神社にもいきたい。いや、何をしたいというよりも、どことなく浮かれた雰囲気に自分も浸りたいのである。

数年前、そのように御神輿を眺めていたら、かつぎ手のなかに見知った顔があって驚いた。よくいく酒屋さんのご主人とか、ずっと前に住まいを紹介してもらった不動産屋さんが、はっぴ姿で御神輿をかついでいるのである。驚くようなことではない、当たり前のことなのだが、酒屋さんではない酒屋さんや、不動産屋さんではない不動産屋さんを見るのは不思議な気持ちがするものだ。そのあと、子ども神輿を眺めていて、あの酒屋さんも不動産屋さんも、昔はこっちをかついでいたのかなと思い、なんだか感慨深かった。

東京で暮らしはじめた二十歳のときからずっと、東京は移動の町だと思っていた。ひとつところにずっと住まう人よりも、私のようにほかの町からやってきて、住み、引っ越し、をくり返す人の多い町。実際そうなのだろうと思う。私の見かけた酒屋さんたちのように代々この町に住んでいる人も当然いるだろうけれど、仮に住んでいる学生や社会人、家族のほうがきっと多いはずだ。だから、お祭りが続いていることにちょっとした感動を覚えるのである。ずっと何年も前から、こうして御神輿は町を練り歩き、神社では太鼓や神楽の奉納があったのだろう。住み続ける人と、いっとき住む人たちが、守り続けてきたのだろう。

隣の町は隣の町で、またべつの神社から御神輿が練り歩く。こちらは薙刀を持った天狗が御神輿の先を歩く。男女それぞれの御神輿と、子ども神輿が出る。女性の御神輿を見ていたら、外国人女性が多くてびっくりした。この町で仕事をしている人たちらしい。みんなははっぴを着てうれしそうに御神輿をかつぎ、その姿を友人たちが写真におさめている。この町で働く彼女たちも、いつか故郷に帰っていくのだろう。お祭りの日の記憶とともに。住み続ける人の思いと、いっとき住んだ人たちの記憶もまた、町というものを作っていくのかもしれない。

プロフィール

かくた・みつよ

作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『世界は終わりそうにない』(中央公論新社)。

  • LINEで送る(別ウィンドウで開きます)

角田光代さんエッセイ バックナンバー

UR都市機構の情報誌 [ユーアールプレス]

UR都市機構の情報誌[ユーアールプレス]の定期購読は無料です。
冊子は、URの営業センター、賃貸ショップ、本社、支社の窓口などで配布しています。

メニューを閉じる

メニューを閉じる

ページの先頭へ