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まちの記憶(5) 角田光代 隣り合う時間

photo・Sato Shingo

身近にちいさな子どもがいないと、時間の経過はわかりづらい。年齢を重ねるにつれ、一年があっという間だという実感はあるけれど、二年も五年も経過の変化は同じようなものに思える。ちいさな子どもが身近にいると、その二年や五年といった時間の経過を、目で見ることができる。

今住んでいる集合住宅には、十年前に越してきた。住人の年齢層はばらばらだが、比較的、若い夫婦が多かった。親しいつきあいはないが、戸数が多くはないので、他の住人たちとだんだん顔見知りになる。つきあいはなくとも、お子さんが小学生になったり、赤ちゃんが生まれたりすれば、それとわかるし、エレベーターで顔を合わせたときに会話もする。

子どものいない私は、同じマンションの子どもたちによって、時間のすごさに気づかされる。このあいだまで私の腰くらいしか背丈のなかった男の子が、あっという間に見上げるくらいの背丈になっている。そういえば、いつの間にかランドセルではなくて校章入りの規定鞄に制服姿ではないか。それに、まだ中学生だろうと思っていた女の子が、お化粧をして、大人みたいな格好をして出かけていく。いや、あれは「みたい」なのではなくて、大人になったのだ、きっともう会社員なのだと気づく。

彼ら彼女たちがぐんぐん成長するあいだ、もちろん我が家にも変化はある。けれど時間の経過を実感させられるような変化ではない。猫がやってきたり、仕事場を引っ越したり、といった変化は時間の経過とは無縁だ。

ちょっと前にまだ赤ちゃんで、ついこのあいだ歩けるようになって、先週くらいにおしゃべりをはじめていたような子が、この春、黄色い帽子を被って真新しいランドセルを背負っている。あんまりびっくりして、「もう小学生?」と訊いてしまった。その子は照れくさそうに笑っている。私の「ちょっと前」や「ついこのあいだ」が過ぎるうちに、子どもたちは、自分の脚で立ち上がり言葉を覚え、母親の腕を離れ大きな世界へと踏み出していき、幾度も泣いたり喧嘩したり、幾度も笑ったり許したりし、ガードレールや民家の門や校門の塀より背丈を高くしていく。すごいなあ。心から思う。

四十歳から四十五歳になる五年に比べたら、ゼロ歳から五歳になる五年はどれほど波乱に満ちてたいへんなことだろう。けれどそのひとつひとつの経験が、きっと四十歳から四十五歳の五年間をさりげなく支えたりもするんだろうな。集合住宅に住んでいなかったら見えなかった時間を見つめて、そんなふうに思うのである。

かくた・みつよ
かくた・みつよ
作家。1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『対岸の彼女』(文藝春秋)での直木賞をはじめ著書・受賞多数。最新刊は『世界は終わりそうにない』(中央公論新社)。
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