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道修町はどうして「くすりの町」になったの?
道修町は江戸時代の初めに堺の豪商・小西吉右衛門が薬種問屋を開いたのがくすりの町の始まりとされ、その後、「薬種中買仲間」が集まり、長崎を介して輸入される唐薬や、和薬の価格を決めて全国へ売りさばいていました。
明治時代になると仲買商は製薬業にも進出し、現在、製薬会社、薬品、薬種問屋が軒を連ねる「くすりの町」として知られるようになりました。
そんな道修町のビルとビルの谷間に薬の神様が祭られた少彦名神社があります。
毎年11月22日と23日の例祭は「神農祭」と呼ばれ大阪の1年を締めくくる「とめの祭り」として「張り子の虎」のお守りとともに人々に親しまれています。
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小彦名神社に併設される「くすりの道修町資料館」には薬に関する文書や道修町の発展の記録や道修町今昔など、薬に関する貴重な資料が展示されている。 |
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