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歴史街道Wa.20 ロマンあふれる交野ヶ原の七夕伝説
天野川を銀河に見立てる
古来より枚方市・交野市の地域は、交野ヶ原と呼ばれていました。東は生駒山系から続く山並が連なり、中央部には長尾丘陵、交野台地、香里丘陵が広がり、その間を生駒山系に源を発した天野川が西流して、西の淀川に注いでいます。
交野ヶ原を流れる天野川は、白砂に覆われた美しい川で、天上の銀河を想わせるところから、“あまのかわ”と呼ばれています。その由来により、京阪枚方市駅から近い天野川の下流には「鵲(かささぎ)橋」「天津(あまつ)橋」という天の川にちなんだ名前の橋が架けられ、七夕伝説が語り継がれてきました。
中国古代の七夕伝説によると、カササギは天の川に翼を広げて橋となり織女と牽牛を会わせたとあり、「天津橋」は天の港という意味で、舟で渡って、二人は出会うとあります。どちらも現在は車の通行量の多い橋ですが、織女と牽牛やカササギのレリーフなどがあり、「天津橋」には夜になれば銀河が浮かび上がる楽しい仕掛けもあります。
少し上流に架かる「逢合(あいあい)橋」は、橋そのものは何の変哲もない橋ですが、両岸には遊歩道があり、散歩におすすめです。
織姫様を祀る機物神社
交野ヶ原はその昔、動植物が生息する原野で、桓武天皇をはじめ、数多くの宮廷人が訪れて四季折々の自然を愛で、狩に興じました。「狩り暮らし機女(たなばたつめ)に宿からむ天の河原に我は来にけり」(狩をして日が暮れてしまったので、今夜は織女の家に泊まろうよ。天の河原に来てしまったのだから)と『古今和歌集』や『伊勢物語』に詠まれている在原業平の歌はつとに有名です。
織女は、JR学研都市線津田駅から約800m、交野市倉治にある機物(はたもの)神社に祀られています。5〜6世紀頃、養蚕・はたおりの技術を持った泰氏が渡米して祀った秦者(はたもの)の社が、七夕伝説と結びついたようです。
昭和54年に7月7日の七夕まつりが復活され、境内にはたくさんの笹竹に願いごとを託した五色の短冊が飾られます。前日の宵宮から夜店なども出て賑わい、本宮には神興が出て、笹にはお祓い、祈願の後、深夜に天野川に流されます。
天野川をはさんで、織物神社と対称の位置の中山観音寺跡に、彦星と伝えられる「牛石」(牽牛石)があります。現在、枚方の香里園団地の観音山公園になっている所で、その高台からの眺望は一見の価値があります。
星が降ったという星田妙見宮
JR学研都市線星田駅から南東へ歩いて約15分の所にある星田妙見宮。星田は新興住宅地ですが、妙見宮は鬱蒼とした巨木に包まれた別世界です。120段余りの石段を登りきると拝殿に到着。
妙見宮は嵯峨天皇の時代、弘法大師が修行をしている時、3ヵ所に七曜星(北斗七星)が降ったと伝えられる内の1ヶ所で、太師が山頂の岩を霊石として七曜星を祀ったのが始まりといわれています。現在も本殿はなく、山頂の二つの巨大な自然石を御神体として崇めています。ここでも平成8年に星の三大祭り「星祭り・七夕祭り・星降り祭り」が復活されました。
やや上流の磐船(いわふね)渓谷には物部氏の祖先神、饒速日命(ニギハヤノミコト)が天上より天の磐船で降臨したと伝わる磐船神社もあり、ロマンは果てしなく広がります。
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